その遠回りを、最短にするために

突然ですが、いつも自分の楽曲に「これでいいのかな?」と迷いを感じていませんか?
「何がダメなんだろう」と、うまくいかない理由を探し続けてはいないでしょうか。
実は私自身が、プロとして活動しながら、その迷いに苦しんだ一人です。
このページでは、私がなぜ遠回りをしてまで音楽を学び直したのか。
そして、なぜこの学校を作ったのかを、お話しさせてください。
仕事はありました。でも辞めました。
私は2011年、バンダイナムコゲームスの「太鼓の達人」でプロとしてのキャリアをスタートし、作家事務所に所属して、アニメ・ゲームの世界で曲を書いてきました。
仕事はありました。コンペで曲も決まっていました。
それでも20代後半で、事務所を辞めました。
理由は単純です。実力が伴っていなかったからです。
職業作家は、オーダーに応えるのが仕事です。
本来なら、ある程度の余裕を持って取り組めるのが理想です。
でも私は、わからないことが次から次に出てくる。
一つ一つの案件が、いっぱいいっぱいでした。
もう一度勉強し直したい。そう思いながらも、仕事は来ます。
その日常を繰り返すうちに、このままだと自分が壊れると思いました。
何がダメなのか、必死に探しました。
アレンジに行き詰まっていたので、ベースを習いに行きました。
打ち込みを速くしようと、鍵盤も習いました。
どれも間違ってはいませんでした。でも、壁は越えられないまま、1年ほどが過ぎました。
働きながら、学び直した4年間
実は、学び直しはこれが初めてではありませんでした。
事務所に入る前、私は日本のある社会人向けの作曲スクールに通い、カリキュラムを一通り履修して、「自分は音楽理論を身につけた」と思っていました。
ですが、作家事務所という外の現場に出て、気づきます。
私が学んだ理論は、その学校が独自に体系化したものでした。
共通する部分もたくさんあります。それでも、外では話が噛み合わない場面が出てきました。特に編曲では、苦しみました。
音楽理論は、人と情報を交換するためのツールでもあります。
一つの場所でしか通じない言葉は、外に出ると使えない。
私は、時間とお金をかけて、外で通じない言葉を覚えていたのです。
だからこそ、事務所を辞めて学び直すと決めたとき、今度こそ、誰とでも話せる言葉が欲しかった。
選んだのは、ポピュラー音楽理論の共通言語の土台を作った、米国バークリー音楽大学の通信課程「Berklee Online」でした。
周りには「なんでそんな遠回りをするんだ」と言われました。
ごもっともだと思います。
それでも私には、この先になりたい自分がいました。
あらゆるオーダーに応えられる、作編曲家としての自分の姿です。
ただ、音楽で食べていくのをやめて、学生に戻ったわけではありません。
私は、サラリーマンとして働きながら、通信課程をやり切りました。
朝は仕事に行き、帰ってきて課題をやる。土日はほとんど課題で潰れる。
それを4年続けました。
そして学ぶ中で、一番効いたのは、授業でも教材でもありませんでした。
一人でやっていると、なんとなく「わかったつもり」になります。
でも、課題を出してフィードバックを受けると、認識の間違いが次々に見つかるのです。
高校生の頃から10年以上、遠回りしてきた理由が、そこでやっとわかりました。
音楽理論の本を独学でいくら読んでも、なんとなくしかわかっていなかった。だから、躓いた。
私は、間違いに気づくことなく、進み続けていたから、途中で色々をわからなくなっていたのです。
学び終えて振り返れば、あの頃私が抱えていた問題は、正しく理解した音楽理論が、8割解決してくれました。足りなかったのは、ベースの腕でも打ち込みの速さでもなく、目の前で起きている音を、理論的に読み解く力だったのです。
審査席から見える、1,000曲の「惜しさ」
現在私は、コンテストの審査などで、毎回1,000曲近い楽曲を聴いています。
「音は良いのに展開が平坦」「不自然なリズムや不協和音が生じている」——。
惜しくも上位で選考に漏れる楽曲の多くは、機材の質ではなく、音を組み立てる「判断力(作曲・アレンジ能力)」が足りていないと感じます。
その一曲一曲に、かつての自分の姿が重なります。
一生懸命作っているのに、何故伝わらないのかがわからない。
間違っていることに、気づけないまま進んでいる。
実力と機材は掛け算です。
どれだけ高価なツールに投資しても、基礎となる楽曲の構築力がなければ、その投資は活かされません。
だから、MITCを作りました
あの頃、私はずっと思っていました。
なんで日本に、働きながら本気で音楽を学べる場所がないんだろう、と。
ないのなら、作ろう。
そうしてできたのが、MITC ACADEMYです。
MITCには、私が遠回りの中で「これがなくて苦しんだ」ものを入れました。
私は一度、外で通じない言葉を学んで、失敗しています。だからMITCの音楽理論は、独自に作られたものではありません。作曲家やミュージシャン同士が共通の言語としてやり取りできる、バークリーメソッドを中心とした理論です。
MITCでは課題を出し、必ず添削します。「わかったつもり」のまま進んでしまう前に、あなたが間違った場所で止めます。
私は働きながら4年やりました。だから、時間のない人がどうすれば続けられるかを知っています。夜間も、深夜も、オンラインもあります。
人が「良い」と感じる音楽には、共通する「型」があります。
基礎を知った上で意図的に外すのが「型破り」であり、何も知らずに作る「型なし」とは、決定的に違います。
一見遠回りに見えるアカデミックな学びから、MITCが逃げないのはそのためです。
近道は、売りません。
でも、遠回りを、最短にすることはできます。
主宰・谷 正太について

【キャリア】
自身がリーダーをしていたバンドの解散に伴い、作・編曲家を志し某音楽学校に入学。音楽理論を学習すると同時に、とある作曲家のアシスタントとして3年間、様々な楽曲制作の現場を学ぶ。
バンダイナムコゲームス「太鼓の達人」ナムコオリジナル「蒼の旋律」でプロとしてのキャリアをスタート(AILE名義)。以後、約6年間アニメ・ゲーム業界でキャリアを重ねる。
アシスタントを卒業し、作家事務所に所属。2年間所属後に音楽の再学習の為に退所。
米国バークリー音楽大学の通信課程「Berklee Online」で、音楽理論を中心に作編曲技法を学び直す。この学び直しに合わせて作家事務所を退所。プロになってから、一度立ち止まって理論を学び直した——この経験が、「DTMではなく音楽理論こそ重要」というMITCの理念の原点です。
渋谷の音楽制作機材販売大手ショップを経て起業。楽曲制作システムの専門家として活動を開始。
音楽学校MESAR HAUS 音楽理論科主任「井上博」氏に師事。同校閉校後に同師の薦めにより、MITC ACADEMY開校に向けて準備に入る。
6年間の準備期間を経て、音楽学校MITC ACADEMYを渋谷に開校。
作・編曲家・マニュピレーターとして活動しながら、第一線で活躍するプロクリエイターの制作システムを担当。これまで組み上げたDTMシステムは200台以上。Mac・Windows両方のシステムに精通し、トラブルシューターとしても高く評価される。
【主な作品・実績】
(AILE名義含む)
挿入歌「コードレス☆照れ☆PHONE」
草壁ゆか(CV:田村ゆかり)
オリコンチャート8位
ナムコオリジナル「蒼の旋律」&「朱の旋律」
バンダイナムコゲームス
キャラクターソング「Hopeful World」
スクウェア・エニックス
楽曲「Secret Garden」「Blessing Reunion」
Rayark.Inc
忘却乱舞 feat.北條響 ほか
Axtorm
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