藝大でクラシックを学んだヴァイオリニストが、
もう一度ゼロから音楽理論を学ぶまで
菅原 さん
東京藝術大学 音楽学部
ヴァイオリン専攻
谷 正太
聞き手
MITC ACADEMY 主宰
東京藝術大学 音楽学部でヴァイオリンを専攻し、長年オーケストラの現場に立ってきた菅原さん。クラシックの世界で高度な訓練を積んだ演奏家さんです。
それでも、こう振り返ります。
オーケストラを長年やってきたのに、スコアを見てオーケストラ全体の音をイメージできなかった。曲を"なんとなく"やっていたんです。
演奏することと、音楽を理解すること。その間には、深い川が流れていました。ポップスやジャズの響きに惹かれながらも、「何がかっこいいのか、その正体が分からない」——誰も教えてくれない問いを抱えたまま、菅原さんはMITC ACADEMY主宰が運営していたスクールの扉を叩きます。
クラシックの専門教育を受けた人が、なぜあらためてポピュラー音楽理論を学び直したのか。そして、その先に何が見えたのか。主宰との対話形式で振り返っていただきました。
CHAPTER 01
そもそも、学ぼうと思ったきっかけは何だったんでしょう?
当時、「このままではヴァイオリンを活かせないな」と感じていたんです。舞台で弾く機会というよりも、オンライン上に自分の演奏を残していきたいと思うようになって。
そうすると、伴奏をパソコンで作れたらいいな、アレンジができたらいいな、と思ったんです。それができるようになるために勉強したい、と。そこで初めて「DTMというものがあるらしい」と知りました。
DAWにLogicを選ばれたのは?
Macを持っていたので、自分で調べたんだと思います。他にも色々あるけれど、Logicなら手が届く、という理由もあったかもしれません。それで検索したら、先生のところが出てきた、という流れですね。
2018年の当時はオンラインで学べるところ自体、まだ少なかったですから。
菅原さんが来られた頃は、オンラインレッスンがまだ一般的ではない時代でした。「演奏家が、自分の演奏を届けるために作編曲を学ぶ」——今でこそ増えてきた動機ですが、当時としては非常に先を見ていたと思います。
CHAPTER 02
学びたかったのは、DAWの操作だけではなかったんですね。
いえ、Logicの操作だけではなくて、理論ももちろん学びたいと思っていました。
大学でも和声はありましたし、小さい頃からソルフェージュはやってきました。でも、正直に言えば手を抜いて、逃げていたんです。実用性も、当時は全然感じられなかった。それが今となっては悔やまれます。
「音楽を理解したい」——その気持ちはずっとあったのに、なかなかままならなかったんですね。
ヴァイオリンという楽器の特性も、関係していますか?
大きいと思います。ヴァイオリンは単旋律の楽器なので、ピアノやギターと違って、常に和音を弾いているわけではありません。だから、和音への憧れがずっとありました。「和音が分かれば、曲が理解できるんじゃないか」という憧れです。
クラシックの演奏家は、譜面に書かれたことを、いかに表現するかが軸ですよね。
そうなんです。再生芸術ですから、楽譜をいかに正確に弾き、作者の意図を表現するか。それが全てです。しかも、ほぼ単音の世界です。
もちろん、伴奏の楽譜もちゃんと見ればいいのですが——オーケストラを長年やってきたのに、スコアを見て、自分のパートの音以外を頭の中に思い描くことはできないんです。そんなにたくさんの音は読めない。だから、なんとなくやっている。
曲をちゃんと理解しているのは、やっぱり作曲家だけなんじゃないかと思うんです。そして、そこに踏み込むことをしない人の方が、ほとんどです。
でも私は、理解したかった。世の中で一番かっこいいのは作曲家だと思っているので、そこへの憧れがあったんですね。
これは、演奏家の方に本当に多い悩みです。「弾ける」ことと「分かる」ことは、まったく別の能力です。楽器の技術をどれだけ磨いても、その曲の中で何が起きているのかは、自動的には見えてこない。音楽理論は、その"見えなかったもの"を可視化する道具なんです。
CHAPTER 03
クラシックの和声の知識だけでは、届かない領域があった、と。
ええ。ポップスやジャズの、ちょっとおしゃれな和音、粋なサウンド。そういうものが曲に入ってくるといいな、と思っていました。
でも、まったく分からないんです。クラシックの純正な響きしか知らないので、「聴いてかっこいいと思うものが、一体何なのか」が分からない。しかも、誰も教えてくれない。
分析のしようがなかった、ということですね。
そうなんです。クラシックの和声の教科書には、載っていないんですよ。
学び始めてから、どうでしたか? まったく新しい視点だったと思うのですが。
すごく楽しかったです。特にジャズのコードは「えっ?」という感じでしたけど(笑)、新しいことがちゃんと分かっていくのが、本当に感動でした。
音楽の見え方が変わった瞬間ですね。
そうです。今まで分からなかったことが分かる。その面白さですね。本当に感動でした。
そして——これは今になって思うのですが、あの「感動」は、毎回のレッスンの中にあったんです。「そういうことだったんだ!」と分かる瞬間が、毎回あった。
それって、実はすごく稀なことだと思うんですよ。
毎回、感動できることを教えてくれる先生って、
なかなかいないですから。
CHAPTER 04
授業を受けていて、印象に残っていることはありますか?
これは、レッスンを受けている当時からずっと感じていたことなんですけど——先生が、音楽を本当に好きだということが、すごく伝わってくるんです。
……それは、嬉しいですね。
その「好き」が、
生徒に伝染するんですよ
先生が心から面白がっているから、こちらも面白くなってくる。「そういうことだったんですね!」と自分が言った時、先生も一緒に嬉しそうにしているんですよね。
だから、毎回のレッスンが感動だったんだと思います。知識を教わっていたというより、音楽への熱そのものを分けてもらっていた感じでした。
ご自身は、音楽が好きだと思いますか?
正直に言うと、「自分は本当に音楽が好きなのかな」と疑問に思う時期もありました。
でも先生を見ていると、そりゃそうだよな、と思えるんです。あの熱量が、生徒のモチベーションになる。それはすごく大きいと思います。
私自身、音楽理論を勉強したことで、より一層、音楽が好きになりました。分かるようになると、音楽はもっと面白くなる。だから、教えている私自身が、毎回いちばん楽しんでいるのだと思います。
その熱が伝染する学校でありたい、と本気で思っています。技術や知識は、突き詰めれば本やインターネットにも書いてあるかもしれない。でも、「音楽って、こんなに面白いんだ」という感覚だけは、人から人にしか伝わらないと思うんです。
CHAPTER 05
実際に曲を作って、ご自身のヴァイオリンを入れる、ということもやりましたね。
やりました。マイクを買って、自分で弾いて録音して。当初「伴奏を作れるようになりたい」と思っていたところが、少しずつ形になってきた——という達成感がありましたね。
あと、印象的だったのはストリングス音源です。プロが使うような音源は、指揮者が監修して、本当に演奏されたものを収録して作られている。当時20万円くらいするようなソフトで、すごく本格的なんですよね。
「アメリカで録音されたものと、ヨーロッパのものでは音が違う」——そういう話もとても面白かったです。もちろん、本物の弦の録音が入れば、クオリティは全く違う。それでも、パソコンでここまで本格的なものが作れるんだ、というのは、すごい学びでした。